尾形光琳「富嶽扇面図」
金箔石版画軸装 限定195部

【仕様・体裁】
版種:石版画
版数:24版24色
用紙:サマーセット
画面寸法:縦21.5x横45cm
額寸法:45.7x68.7cm
描画作版:町田敏行
摺り:版画工房 アトリエ38
原作:大和文華館所蔵

税込価格237,600円
(本体価格220,000円)


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尾形光琳「富嶽扇面図」            細野正信
 大正4年フランスから帰国し、最もセザンヌ風に描いて注目された洋画家の森田恒友は、これより先、同士と版画雑誌『方寸』を発刊して名があった。その明治42年1月号に「不二山麓旧信」をのせ「甲斐に来て不二を描かざるもの之なく、しかくて描きしもののことごとく俗画を作る」といっている。そのコニーデ型の単純な形には画家の資質が全面に表れて、単なる銭湯の飾り絵になってしまうからである。大正洋画壇のトップをきった岸田劉生すら、描こうとしてついに描けなかったほどである。
 しかし古来、富士を描いた画家は多い。もっとも古い室町時代の屏風に始まり、雪舟筆と伝える「富士清見寺図」も遺るが、古くはみな山頂が丸い山を三つ並べた三峯型に描かれている。これは山岳信仰から大日如来・阿弥陀如来・薬師如来を祀る象徴としての形であった。そして狩野派は武士好みの淡泊さから、富士を白地で残し外隈(外側をぬる)で描く軽い山容で描いた。
このような江戸時代初期に光琳が写実的でありながら装飾的な富士を描いたことは画期的といってよい。まず山頂は三峯型を離れ、雪と山の皺の凸凹に目を注いでいる。そして三保の松原は緑の葉群れが垂らし込み(前の色が乾かぬうちに次の色をいれる)を伴って音符のように並んでいる。この自然を離れぬ装飾性こそが光琳の最大特色であり、日本画の原点ともいうべき方法と言えよう。(高崎タワー美術館館長)


「富嶽扇面図」
この「富嶽扇面図」は尾形光琳の代表作で国の重要文化財である『扇面貼交手筥』に描かれた扇面画を金地の石版画として複製したものです。『扇面貼交手筥』は金箔を敷き詰めた木製の筥に、扇面画八面と団扇画四面を貼交(はりまぜ)ています。この十二の絵柄のうち三絵柄に光琳の落款と印章があり、ほかの絵柄も光琳本人か、関連の絵師によるものとされている。富嶽図のほか「西行物語図」「樹下人物図」「白楽天図」『雲竜図」などが描かれ、光琳の画業の奥行きがうかがい知れる。まさに小さな光琳美術館ともいえるこの名品は奈良県の大和文華館に所蔵されている。

尾形光琳 (おがた こうりん) 1658(万治元)〜1716(享保元)
江戸中期の画家・工芸家で元禄文化を代表する芸術家の一人。「琳派」の名称の由来となる。京都の裕福な呉服商の二男として生まれる。尾形乾山は実弟。最初山本素軒に狩野派を学ぶが、本阿弥光悦・俵屋宗達に影響を受け、独特の華麗で濃厚な絵画表現と,より技巧的な装飾的様式を確立する。その作品は遠く西洋でも絶賛されジャポニズムの先駆となる。代表作には『燕子花図屏風』『紅白梅図屏風』、蒔絵の『八橋蒔絵硯箱』(いずれも国宝)などがある。

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