宮澤賢治・詩 井堂雅夫・画
「雨ニモマケズ」
オリジナル手摺り木版画 【限定500部】

近代日本を代表する文学者・宮沢賢治の代表作である名作「雨にも負けず」。
賢治の郷里・岩手に育ち、現在、花巻市にアトリエを構える創作木版画の第一人者・井堂雅夫画伯が賢治の思想に共感し制作した独創の「雨ニモマケズ」。

制作にあたって

「雨ニモマケズ」の詩は、益々新鮮さを増して私たちの心に響いてくる。「物」が豊かになればなるほど、「心」が貧しさを感じる今、この詩は限りなく力強くそして優しく私たちを導く。私は幼い頃からこの詩を口ずさんでいた。時代の流れのなかでも、いつも私の脳裏に存在し、大きな影響を与えられてきた。
7年前「賢治生誕百年祭」に絵画の世界から取り組むべく、賢治が生まれ育まれた花巻の地にアトリエをかまえた。岩手は私の故郷であり、その想いをこめて東北の風土に触れながら賢治の世界に取り組んだ。そして、この詩が現代にもつ意味を心の底から感じたのである。それは、現代人の心の回復になるのではないかということである。デクノボーのモデルと言われる常不軽菩薩と賢治の姿が重なって心に響き、思わず手を合わせてしまっている自分に気が付く。自己を修羅ととらえ献身した賢治は熱心な宗教家でもあった。私は雨ニモマケズに込められた賢治のひたむきな「無私の精神」が私の作品を通じて多くの方々に伝わることを願っている。
                                        
井堂雅夫

宮澤賢治・詩 井堂雅夫・画
「雨ニモマケズ」
オリジナル手摺り木版画 【限定500部】

技法:多色摺り木版画
 井堂先生直筆サイン・番号入り
用紙:越前楮黒枝粕入り生漉和紙
画寸:36.5x52cm
額寸:57.3×72.1cm
発行:毎日新聞社
販売終了

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宮澤賢治 略歴
明治29年岩手県花巻市に生まれる。幼い頃より宗教に親しみ、植物や鉱物採集にも熱中し短歌も多く作る。22才の時に初めて童話を書き、以後創作と農業指導の道を柱とし短い生涯を烈しく生きぬく。
大正13年「春と修羅」「注文の多い料理店」を出版する。これだけが生前刊行の本である。没後、賢治の人格と芸術への評価は高まり、数多くの童話、詩集が刊行される。
昭和6年病床で書かれた詩「雨ニモマケズ」は賢治の目指す考え方や行動を率直に表現された代表作。
昭和8年9月21日肉親の見守る中で永眠。

井堂雅夫 略歴
1945年中国東北部に生まれる。引き上げ後、岩手県盛岡市に移り、15才まで過ごす。幼い頃から好きだった絵の描ける仕事がしたいと染織家・吉田光甫に弟子入り、のちに京都に移る。72年頃より木版画に興味を覚え創作活動を始める。日本版画協会展や日動版画グランプリ展などに入選。日本の伝統芸術である木版画を自由な形で表現したいと独自で国内外での個展を開催。また、木版画のかたわら「宇宙絵画」を描き続けており、生命の根源を探求するうち宮澤賢治の精神世界に同一性を見だし、岩手県花巻市にもアトリエを構え、賢治の思想を木版画や絵画で表現し続けている。現在も全国各地での個展や作品集出版、テレビ出演など京都を中心に多岐に渡り活躍中。

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