平城遷都1300年記念
大仏師 松久宗琳仏所 作
菩薩半跏思惟像 ブロンズ
(ぼさつはんかしゆいぞう)
静けさと安らぎの美をたたえた清らかな魂の微笑み
聖徳太子ゆかりの斑鳩・中宮寺 国宝・菩薩半跏思惟像

"中宮寺・菩薩半跏思惟像"
 奈良・斑鳩の里にある中宮寺本堂に安置される国宝「菩薩半跏思惟像」は飛鳥時代の7世紀中頃に造られたといわれる樟(くす)材の仏像です。当初は弥勒菩薩像として造られたといわれてますが、寺伝では如意輪(にょいりん)観音とされています。同像は昭和26年国宝に指定されました。(指定名:菩薩半跏像)
 中宮寺は聖徳太子が建立した七ヶ寺のひとつで、太子の母・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)の御所でしたが、崩御後、尼寺となったと伝えられています。その後、幾度かの焼失、興廃を経て、昭和43年、高松宮妃殿下の御発願によって現在の地に新本堂が建立されました。 
大仏師 松久宗琳仏所 作
菩薩半跏思惟像
【仕様・体裁】
本体 ブロンズ製
   高62.5 x 左右30 x 奥行31cm
   重量 約12kg
目録書(松久宗琳仏所著作印入り)

626,400円(税込)  
(30-195)
"松久宗琳佛所”
 大仏師の松久宗琳師が、父・朋琳師と相携え「京都佛像彫刻研究所」を創設されたのが昭和三十七年のことです。以後、聖徳太子の“和”の精神を心に、運慶、快慶の技を手本に数々の仏像の傑作を世に生み出しました。また、後進の指導にも尽くされ、現在、大仏師の称号を持つお弟子さんが四人も育っております。しかし、正統派京仏師として頂点を極められた宗琳師は平成四年享年六十六歳で他界されました。
 宗琳先生歿後、遺族と四人の大仏師を含む弟子が、それまでの京都仏像彫刻研究所の名称を「松久宗琳佛所」と改め、正統派京仏師の宗琳様式を継承し制作された仏像に“宗琳仏”と銘を刻み、日々研鑽を重ね、仏像づくりに努めています。

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